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開聞岳【トレラン】

日時 : 2011.6.13 11:30~12:15
場所 :開聞岳(鹿児島県) 922m
天気 : 雨
人数 : 1人

開聞岳登山ルート 
鹿児島には地元の人が誇る代表的な山がふたつある。
ひとつは、今でも噴煙を上げる荒々しい山の桜島。
もうひとつは、薩摩富士と呼ばれ稜線のきれいな優しい山の開聞岳。
桜島を怖い父親とすれば、開聞岳は優しい母親と言える。

あいにくの雨だが、指宿まで来たのでこの薩摩富士に登る。

開聞岳 
これが開聞岳。ミニチュア富士山だ。
高さは1000mもないのに「日本100名山」にランクインしている。
(この写真はWikipediaより抜粋)


出発前 
これで準備万端。雨も怖くない。
私に与えられた制限時間は2時間以内なので、走って登る予定。

スタート 
11:30 スタート。

南国の山 
南国の山は植性が違う。

4合目 
11:45 4合目通過。

5合目 
11:51 5合目通過。

5合目からの展望 
5合目からの展望。

6合目 
11:58 6合目通過。

7合目 
12:04 7合目通過。

仙人洞 
突然現れた仙人洞。
この山も山伏たちの修行の場だったのだ。

8合目 
12:12 8合目通過。

ロープ場その1 
ロープ場その1

ロープ場その2 
ロープ場その2

9合目 
12:19 9合目通過。

ゴールへの梯子 
この梯子を登れば山頂までもう少し。

山頂まで52m 
あと52m

開門岳山頂 
12:25 開聞岳登頂。
残念ながら、霧が発生しているため視界はゼロ。
スポーツドリンクとSOYJOYを補給し、12:35には下山開始。
一気に下り、13:15終了。

今回の反省事項 

  • やはり山は早朝から登るべき。
  • ロープ場でロープにあまり頼らない。


番外編~知覧特攻平和会館にて~
一式戦闘機『隼』 
映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』撮影のために復元された
一式戦闘機「隼」


日米が戦っていた遠い夏の日
10代後半から20代の若者たちは自ら爆弾となって敵艦に突っ込む特攻隊となった。
靖国神社で会おうと約束し、愛するものを守るために、未来ある彼らの命は無残にも
呆気無く南の海へ消えていった。

戦時中は、ほとんどの日本人が勝利か、さもなくば最後の一人まで戦いつづけるかの
いずれかとしてしか、戦争終結を想像することができなかった。
降伏という発想がなかった。
なぜなら、人々は、アメリカが日本人の絶滅を意図していると信じていたし、
実際、アメリカによる無差別絨毯爆撃はアメリカの殲滅作戦を示すものとして
人々に理解されていた。
従って、日本が負けるということは、家族や恋人を殺されるということだった。
これが若者を特攻へと導いた背景だった。

特攻隊員は知覧飛行場から飛び立ち、開聞岳の横を通り過ぎるとき、
山頂に向かって敬礼したという。
日本の象徴である富士山と母や家族への思いを胸に、開聞岳に最後の敬礼を捧げ、
敵の待つ沖縄に向っていったのだ。 


相花信夫 
 相花信夫少尉 18歳
(1945年5月4日出撃戦死)

        
母を慕いて
母上様御元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の母にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有難い母 尊い母
俺は幸福であった

ついに最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと



子犬を抱いた特攻兵達

この写真の少年達は17~18歳。
この写真の2時間後に出撃する。
死が目前に迫ったとき、
あなたは微笑むことができるだろうか。

1945年5月26日
敗戦の破滅に追い込まれる中、
国を憂い、家族を思い、愛するものを守るために特攻死した、少年達の短くも烈しく燃えた生涯が終わりを
迎えようとしていた。




現在、日本には戦争のない平和な時代が続いている。
恵まれすぎるくらい恵まれたこのご時世、
迂闊にだらだらと生きてしまっている人も多いだろう。
でも、私たちは、特攻隊員たちが必死で守ろうとした日本で、
彼らには与えられなかった貴重でかけがえのない時間を生きているのだ。
与えられた時間を大切にし、色々なことにチャレンジし、人生を楽しまなくてはならない。
かつて、時代に翻弄され、愛するものを守るために死んでいった若者たちがいたことを
忘れてはならない。 



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